第19回 原因不明の肝障害の中に隠れている成人の先天性胆汁酸代謝異常症について

先天性胆汁酸代謝異常症(inborn error of bile acid metabolism : IEBAM)は、小児期における胆汁うっ滞性肝障害として発症する大変に稀な疾患です。私たちの胆汁酸研究所では、これまでに本邦ではおよそ15例が、海外では12例が診断され、一部を除き大部分の患者さんでは適切な治療が行われています。

このうち、最年長患者さんは22歳の女性でした。この患者さんは小児期に原因不明の胆汁うっ滞症と診断され、その後黄疸は消失して軽度の肝障害が持続するために肝庇護剤であるウルソ(Ursodeoxycholic acid)を投与されていました。成人となったため働いていましたが、風邪や疲労などが誘因で閉塞性黄疸(直接型ビィルビンの増加)が出現したために血液検査を再検査しました。しかしγGTPという酵素が上昇していませんでした。

IEBAMを疑い、尿中の胆汁酸分析を胆汁酸研究所や北海道医療大学で分析した結果、3βHydroxysteroid dehydrogenase/isomeraseという酵素欠損症と診断できました。日本で初めて診断された成人の症例でした。

治療はケノデオキシコール酸という胆汁酸を経口投与して肝機能検査値は正常となり、現在は結婚されて2名の健康なお子さんを育てています。

このように、IEBAMは小児期の胆汁うっ滞を示す稀な病気であり、3βHSD欠損症のように肝機能障害が比較的軽度な型もありますが、1次胆汁酸(ケノデオキシコール酸、コール酸)治療を早期に開始しないと肝不全で死亡する重症型も存在しています。

原因不明の慢性肝障害がある成人で、普段は閉塞性黄疸が無くても風邪をひいたりしたときに軽度の黄疸が出現する場合には、是非とも血清直接型ビリルビンとγGTPを測定すると良いでしょう。また同時に血清総胆汁酸も測定をお勧めいたします。普通の閉塞性黄疸の時にはγGTPや総胆汁酸は並行して上昇しますが、IEBAMでは閉塞性黄疸があるにもかかわらず、γGTPや総胆汁酸が正常値であることが特徴です。この時、ウルソの服用をしているとγGTPや総胆汁酸が増加している可能性もありますので注意が必要です。

以上より、原因不明の肝障害があり、普段は黄疸がない人でも風邪や肉体的な疲労により黄疸が出現した場合には、ウルソの服用を1週間程度中止してから直接ビリルビン、γGTP、総胆汁酸を測定することをお勧めいたします。

IEBAMに関するお問い合わせは、

順伸クリニック小児科 担当 入戸野(にっとの)Tel 045-902-8818,

junshin@h4.dione.ne.jp

にっとのクリニック小児科  担当 入戸野 Tel 03-5704-4092

胆汁酸研究所 担当 武井(たけい) 、入戸野 Tel 03-5704-7306

bile-res@eco.ocn.ne.jp

入戸野 博

第18回 睡眠時無呼吸症候群(SAS:sleeping apnea syndrome)

SASの自覚症状は、起床時の頭痛や熟睡感がなく、日中の会議中に眠くなったりすることです。また、集中力の低下や夜間排尿の増加などが認められることもあります。このため、SASによる交通事故も大きな問題として指摘されています。睡眠時のいびきと短時間の呼吸停止(無呼吸発作)により脳の休息が取れず、放置しておくと高血圧、虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞)、心不全、および糖尿病などに進展することがあると報告されています。無呼吸発作の最中には、酸素飽和度(SpO2)の著しい低下や脈拍数の増加が認められます。睡眠中の無呼吸発作を記録する測定機器の測定値やグラフを目で見て確認すると、SASが身体に及ぼす影響の深刻さが容易に理解できます。

男性では肥満傾向のあるヒトに生じると思われがちですが、顎の形が小さい日本人では3割くらいのヒトは肥満がありません。女性ではあごが小さい人がなりやすいと言われています。

いびきをかく人で、家族から睡眠時の無呼吸発作の存在を指摘されているヒトは要注意です。特に10秒以上の無呼吸発作が1時間に5回以上ある場合は、SASの治療対象になる可能性があります。

最近では、診断のための簡易無呼吸発作測定器により睡眠時の無呼吸の有無や回数を記録でき、入院をしないで診断に利用できます。有料ですが自宅で装着できるため、SASの状態を解析するのが容易となっています。

もしSASの治療が必要な場合には、軽症な場合にはマウスピースを装着します。中等症以上では自宅の寝室での持続陽圧呼吸CPAP(continuous positive air pressure)装置を睡眠時に装着すると、閉塞した上気道を広げていびきや無呼吸の回数を改善します。この装置を使用すると、睡眠時の呼吸状態が正常に近づきます。CPAP治療は保険診療の適応となっていますので、症状のある人は一度医師に相談してください。CPAPの装着でも効果が得られない場合には、耳鼻咽喉科的手術もすることがあります。

また、小児ではCPAPが使用できない(自己除去)場合には、扁桃やアデノイドの手術をします。

下記に正常者と重症なSASの患者さんの5分間の検査データーを掲載します。重症なSASの患者さんは無呼吸発作が頻発しており、SpO2が著しく低下して脈拍数が増加しています。このような酸欠状態が寝ている間繰り返えされており、脳や心臓および全身への影響が大きいことが理解できると思います。

SASが心配の方は、医師にご相談ください。

入戸野 博

第17回 帯状疱疹(たいじょうほうしん)の予防接種について

子供の頃に水ぼうそう(水痘)にかかり、50歳以上になると帯状疱疹が出現することがあります。最初の症状は、皮膚がピリピリ、ズキズキ、チクチクとする痛みや焼けるような痛みを感じますが、皮膚の表面は何もなく、数日すると薄赤い発疹や水疱が神経に沿って出現します。

特徴は体の左右半分にしか出現しません。神経に沿って出ますので、両側には出ないのです。子供時代に感染した水痘ウイルスが、90%のヒトでは脊髄の神経節という場所に残っており、過労、ストレス、糖尿病、がんなどで免疫力が低下したときに出現すると考えられています。80歳までに3人に1人の割合で帯状疱疹が発症すると報告されています。

帯状疱疹には特効薬がありますが、問題は合併症の神経痛です。痛みは個人差があり、軽い人から重症な人までいます。特に痛みの激しい場合には帯状疱疹後神経痛(PHN : post herpetic neuralgia)という合併症が大問題となっています。高齢者ではこのPHNが2割程度存在します。この神経痛は後遺症として長期間持続することもあります。痛みが強い場合にはお風呂で温まると緩和されます。PHNに次いで多いのは10~15%に発症する眼部帯状疱疹に伴う症状として角膜炎、結膜炎、網膜炎、視神経炎および緑内障があります。慢性の眼部帯状疱疹は疼痛、顔面の瘢痕化および失明を引き起こすことが報告されています。また、重度な合併症としてラムゼーハント症候群があり、顔面神経の膝神経節で水痘帯状疱疹ウイルスが再活性化することで発症します。

以上のような難治性の痛みやその他の重篤な合併症は経験したくないものです。ここ最近になって帯状疱疹予防ワクチン(シングリックス)が開発され、実用化されています。50歳以上で重い急性疾患にかかっていない健康な方に対して、2か月間隔で2回筋肉注射をします。ワクチン接種にて、細胞性及び液性免疫が増加します。主な副作用は注射した部位の痛み,赤み、腫れであり、注射部位以外の症状は筋肉痛、疲労、頭痛、悪寒、発熱などであり、多くは3日以内で改善します。

帯状疱疹ワクチンは自費ですので、1回の価格は22,500円、2回で45,000円と高価ですが、帯状疱疹の合併症を考えるとリーゾナブルナな価格でしょう。残念ながら帯状疱疹にかかった方は、がんが体のどこかに潜んでいるかもしれませんので、検査をお勧めします。

入戸野 博

第16回 肺炎球菌の予防接種について

65歳になると、肺炎球菌ワクチン(肺炎球菌23価ワクチン、ニューモバックス)接種のお知らせが届くと思います。高齢者の死因は悪性新生物、心疾患、脳血管疾患、老衰の順であり、肺炎は5番目です。肺炎による死亡例の約96%を高齢者が占めています。その肺炎の中でも肺炎球菌感染によるものが最も多く、現在では耐性菌が問題となっております。

しかし肺炎球菌による肺炎は、ワクチン接種で予防が可能です。65歳になったら是非接種することをお勧めいたします。1回目の接種料金に対する補助金は、各自治体で異なっておりますので、お近くの診療所にお尋ねください。副作用はほとんどありませんので安心してください。

肺炎球菌ワクチンは5年間追加接種をできませんが、1回目の接種から5年経過した場合に、すぐに追加接種をするかどうかは本邦では決まっていません。諸外国では定期的に摂取しているようですが。ヒトによって残っている抗体量が異なっており、再接種した場合の副反応に違いが出ることに対する危惧や、再接種した時の資料がないためのようです。私の経験では、5年後に再接種した数人の患者さんで何も副作用は認められませんでした。初回から10年くらい後に再接種をしても良いようですが、間隔に関してもデーターがないのが現状です。

他方、血小板減少性紫斑病の治療のために脾臓を摘出した患者さんでは、肺炎球菌23価多糖体ワクチン(PPSV23,ニューモバックス®)のみ脾摘患者に対しては保険適用されています。莢膜をもつ細菌(肺炎球菌、Haemophilus influenzae, など)は、主に脾臓で除去されます。このため、脾臓摘出術を受けた患者では、これらの細菌による脾臓摘出後重症感染症という急激に進行する感染症に進展することがあり、短時間で死亡します。ですから脾臓摘出後には、必ず肺炎球菌ワクチンを受けることが重要です。

脾臓摘出術の2週間前までにPCV13を接種し、その後は最低8週間を空けてPPSV23を接種します。通常の場合には、PCV13とPPSV23の接種は1年以上空けることになっていますが、脾臓摘出後などの免疫機能低下がある患者では少なくとも8週間で良いとされています。他方、65歳や70歳でPPSV23をすでに接種している場合は、1年空けてPCV13を接種するそうです。

入戸野 博