流行性角結膜炎(はやりめ)

「流行性角結膜炎」は、アデノウイルス感染によって発症するウイルス性結膜炎の一種です。感染症法では5類感染症に分類されています。強い充血、多量の眼脂(メヤニ)、流涙、異物感が特徴です。非常に強い感染力を持ち、接触感染で容易に感染するため、幼稚園、保育園や学校で集団感染を起こすことがあります。そのため学校保健法では感染者は出席停止の措置を取ることが原則となっています。登校再開の目安は感染のおそれがなくなるまで、と定められていますが、一般的にウイルスの感染力が弱まって一連の症状が改善するまでに7日~10日を要します。家庭内感染も高頻度でみられ、罹患した子供から同居する両親や祖父母など全員が感染してしまうことも珍しくありません。世界では新型コロナウイルスが猛威を振るっておりますが、眼科領域ではアデノウイルスもそれに負けないくらい厄介なウイルスであると個人的には認識しております。

 

なぜ本日のブログで流行性角結膜炎を取り上げたのか。夏季に流行しやすい傾向があるので、ブログを読んでくれている皆様に啓蒙を兼ねた紹介をしたかった、というのもありますが、下記の記事が本日付で公開されたからです。

「僕サーズ」聞き間違えられ逮捕「時勢が悪かった」

https://news.yahoo.co.jp/articles/ce2b98591395464e02aa49ba78ffe2c62c8f6367

当時、眼科医院で検査技師として働いていた男性。「事件」前、感染力が強い流行性角結膜炎にかかり、勤務先からは仕事を休むように言われた。

当日、男性は現金を振り込むためにコンビニに来店。支払いの際、レジにいた女性店員に「僕、さわるとうつるので、これ(払い込みのためのチケットと紙幣)を消毒してください」と伝えた。店員は戸惑う表情を見せたが、「アルコールをかけて」と再度促すと応じたため、男性は用を済ませて店を出た。

だが男性の退店後、店長は110番し、店は一時閉店。レジや陳列棚を2時間以上かけて消毒した。4日後、男性は府警に偽計業務妨害の容疑で逮捕される。「僕、さわるとうつるので」というくだりが「僕、サーズ(SARS、重症急性呼吸器症候群)」と誤解され、店に消毒作業をさせて業務を妨害した、という疑いをかけられたのだ。

男性は府警の調べに対し、「サーズとは絶対に言っていない。それ以外は言った」と供述したが、刑事に「サーズと言ったやろ」と何度も迫られたという。

しかし、コンビニの防犯カメラの映像では「サーズ」という単語が聞き取れず、京都地検が5月14日に不起訴処分(嫌疑不十分)とした。だが男性は仕事を辞めざるを得なくなり、現在は無職だ。(産経新聞の記事より抜粋)

 

・・・突っ込みどころが多過ぎるこの要件。記事の内容が真実であるならば、防犯カメラの映像という確たる物的証拠があったにもかかわらず、事実関係をしっかりと確認することを怠り逮捕してしまったことは警察側に落ち度があります。事実、嫌疑不十分で不起訴処分となっています。

しかし、眼科医の立場から言わせてもらえば、逮捕された男性の言動にも非常に疑問を感じざるを得ません。

「さわるとうつる」との発言は、「接触感染が成立する病気である」ということを強調して伝えたかったがためのものだと思われますが、自身が眼をむやみやたらに触らずにしっかりとアルコ―ル消毒をして感染拡大防止に努めていれば周囲への感染のリスクは限りなく減らすことが可能です。ウイルスは眼に存在しており、手で眼を触ったりこすったりするとウイルスが手に付着します。その手で触れたものにウイルスが付着し、そのものを触れた別の人の手にウイルスが付着し、その手で眼を触れると感染が成立します。流行性角結膜炎はこのようにして接触感染でどんどん広まっていくのです。ですから、周囲への感染を予防するのであれば、感染している眼に触らずに、かつこまめに自身の手指をアルコールで消毒しておけば良いのです。ましてやこの男性は「眼科医院で検査技師として働いていた」とあります。であれば、一般人よりも流行性角結膜炎の感染力を含めた病態や感染予防については詳しかったはずです。いや、詳しくないといけないでしょう。その知識を有していながら、「さわるとうつる」と言うのは、親切心から出た言葉だとしても、いささか軽率であったのではないでしょうか。「俺はコロナだ」などと言って威力業務妨害や脅迫の容疑で逮捕されている人が実在する現況で、必要以上に警戒心を持たせるような結果をもたらす可能性があったことを予見できなかったものでしょうか?

自分が同じ立場であれば、当然ながら入念な感染予防対策を施したうえで、感染していることは伏せて何も言わずに店を出たでしょう。もちろん、本来は外出自体を控えたいところですが、入金の期限が迫ったチケット代金を払うという不要不急ではない用事のためにどうしてもコンビニに来店しなければならないという前提があったうえでの仮定であることは言うまでもありません。